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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)1987号 判決

原告 江崎石油株式会社

被告 西建基礎株式会社 外一名

主文

原告の被告西建基礎株式会社に対する訴を却下する。

原告の被告増田洋子に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し金五一七万〇四九四円及びこれに対する被告らへの訴状送達の日の翌日から支払ずみに至る迄年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告会社の本案前の申立

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告増田洋子

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の事実の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、各種石油、自動車用品等の販売を営業とするものであるが、昭和五二年三月九日被告会社との間に継続的に右商品を売渡す旨の給油取引契約を締結した。

2  被告増田は、前同日被告会社が右取引契約に基づき原告に対して負担する債務につき連帯して保証する旨約した。

3  原告は右取引契約に基づき、被告会社に対し昭和五六年一一月二日から同五七年五月二九日迄の間継続的に各種石油、自動車用品を売渡したが、その代金額は金五一七万〇四九四円である。

4  よつて、原告は被告両名に対し各自右売掛代金五一七万〇四九四円並びに被告らへの訴状送達の日の翌日以降支払ずみに至る迄商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告会社の本案前の主張

1  被告会社は、昭和五七年五月三一日不渡手形を出して倒産したが、倒産後の債権者会議において、「各債権者は、破産等の裁判手続によらず、西建基礎株式会社に属する資産をもつて、平等弁済をなす」という形のいわゆる私的整理をすることで意見が一致した。

2  原告会社も昭和五七年六月三日右趣意の同意書を提出した。

3  右事実は、原告会社被告会社間で不起訴の合意をしたものであるから、原告の被告会社に対する本件請求は権利保護の利益を欠き、その訴は却下されるべきである。

三  本案に対する被告両名の答弁並びに被告増田の抗弁

1  請求原因1項の事実は、契約日の点を除いて認める。なお、右契約日は詳らかでない。同2項の事実は否認する。同3項の事実は認める。

2  仮に、被告増田が原告主張の連帯保証契約を締結したとしても、同被告は本件売掛代金債務についての保証責任はない。

(一) 給油申込書(甲第一号証)には登録車両の記載があるが、右登録車両以外の車両のガソリン代について迄保証責任は及ぶものではない。

しかるに、本訴の請求は、右登録車両が使われなくなつてからのものであり、従つて被告増田の保証責任はこれに及ばないところである。

(二) 右給油申込書では保証期間について特に定めてはいないが、単価や支払条件が大きく変化した場合は当然そこで期限が到来したと考えるか、それとも、単価や支払条件の変動があつた場合、保証人がそれを承諾しない限り、変更後の保証責任を負わないというべきである。本件の場合、契約日から既に五年近くも経過し、ガソリンの単価は五割以上値上りしており、しかも、当初は僅かな金額で現金払であつたものが、昭和五六年ころよりは手形払となり、その上請求額が急増しているようである。右の事情からして、被告増田に保証責任はない。

(三) さらに、万一、本件連帯保証が無期限無限定のものであるならば、その性質、機能においていわゆる身元保証契約と異るものではないから、身元保証に関する法律第五条を本件にも類推適用すべきである。この場合、原告は被告増田に対して本件保証について通知ないし確認をすべきであるのにこれをしていないばかりか、単価の変更、登録車両の変更、現金払から手形払への変更、請求額の急増などについて一切の通知ないし連絡をしていない。また、被告増田は昭和五三年三月二日に被告会社代表者西森輝喜と離婚し、それ以来被告会社とは全く関係がなくなつており、原告もこれを承知していたのである。従つて、このような事情を考えれば、被告増田の保証責任を追及するのは酷である。

四  被告会社の本案前の主張並びに被告増田の抗弁に対する原告の答弁

1  被告会社の本案前の申立事実1、2のうち、被告会社が倒産してその債権者集会が開催されたこと、原告が被告主張の書面を提出したことは認めるがその余の事実は不知。右書面の提出により、原告が被告会社との間に不起訴の合意をしたとの点は争う。

倒産した被告会社の清算方法につき、原告は、破産もしくは和議等の裁判手続によるか、右裁判手続より迅速で、かつ有利な配当の見込まれるいわゆる任意整理によるかのいずれを選択するかとの問に対し、債権者として後者を選ぶことに同意したものである。従つて、本件訴訟の判決に基づき直ちに強制執行をすることには問題があるかもしれないが、いかなる清算手続であれ、その配当に加わるために給付訴訟を提起すること迄放棄したものではないから訴の利益を有するものである。

2  被告増田の抗弁事実は否認し、法律上の主張は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  先づ、被告会社の本案前の申立について検討する。

1  原告が被告会社に対して、昭和五七年五月二九日現在金五一七万〇四九四円の売掛代金債権を有していたことは当事者間に争いがないところ、いずれも成立につき争いのない乙第一、第二号証、被告会社代表者本人尋問の結果によると、被告会社は昭和五七年五月三一日に不渡手形を出して倒産したが、鈴木順二弁護士がその整理に関与し、同弁護士の事務所で債権者会議が開催されたこと、この整理にあたり同弁護士は被告会社の代理人として、各債権者に右整理については裁判手続によらずに整理することについての同意を求め、原告も同年六月二一日に「被告会社の倒産に伴なう整理について、破産等の裁判手続によらず、被告会社に属する資産をもつて、債権者の債権に対し、平等弁済して迅速公正なる整理をなすことに同意します。」と記載された同意書に記名捺印して同弁護士に提出したことの各事実が認められる(なお、以上の事実のうち、被告会社が倒産し、債権者集会が開催されたこと、原告が右の書面を提出したことの各事実は双方間に争いがない)。

2  そして、右文言によれば、原告は被告会社に対し、原告の債権の回収については、民事訴訟を含む裁判手続によらないで被告会社の資産を整理して弁済をうけることを約したとみるべく、勿論訴権そのものの放棄は許されないと考えられるが、私法上の債務として、右のような合意をすることはもとより当事者の自由であるから、この合意を形成する法律行為に瑕疵のない限り有効な合意であると解すべきである。

従つて、原告は右書面を被告の代理人に提出することにより、前記双方間に争いがない本件売掛代金に関し、被告会社を相手取つて民事訴訟を提起しないことを合意したものと認められるから、原告は本件訴訟につき権利保護の利益を欠くというべきであり、本件訴は却下を免れない。

二  次に、被告増田に対する請求であるが、本件全証拠によつても、同被告が被告会社の原告に対する売掛金債務につき連帯保証した事実を認めることはできない。既ち、証人加納鉱美の証言によると、本件給油申込書の連帯保証人欄に被告増田の旧姓西森洋子と書き名下に捺印をしたのは、同被告の娘である加納鉱美が同被告に断りなく軽い気持で書いたというのであり、原告の社員で右申込書の作成を担当した証人光松秀夫も、被告会社代表者の自宅において、被告増田とその家族らが一緒にいる席でこれを作成したが、連帯保証人欄に誰が署名捺印したか記憶がないと証言し、又、被告会社代表者もその本人尋問において、連帯保証人欄の署名を誰がしたかは判らないし、被告増田に本件保証を依頼したことはないと供述するところである。ただ、右各証言及び本人尋問の結果によると、昭和五二年三月当時被告増田は被告会社代表者西森輝喜の妻であり、翌五三年三月には離婚するに至つたが、当時は不仲であつたとはいえ、未だ同居していた上、しかも被告会社が原告と取引契約した席に居合わせたことから、同被告が被告会社の右債務につき連帯保証したとしてもあながち不自然ではなく、又右契約後暫くの間、被告増田が右契約で登録車両とされた自動車に乗つて原告のガソリンスタンドヘ給油をうけに来たことが認められるのであつて、このことからして同被告は原告と被告会社間で右契約を交わしたことを承知していたと考えられるのである。しかし、前記各証拠によれば、被告増田の署名捺印は娘の加納鉱美によつてなされたことが認められ、かつ、加納鉱美が被告増田の意を体して同被告の署名を代行したことを認める証拠もない他、前記給油申込書作成後、同被告が自ら連帯保証人であることを自認したり、あるいはこれを前提とするような挙措があつたことを窺わせる情況事実も認められないことからすると、結局原告と被告増田間に原告の主張する連帯保証契約が成立したとは認められないところである。

三  以上のとおりであるから、原告の被告会社に対する訴を却下し、被告増田に対する請求については失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本増)

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